
どうする家康ぶりに見始めた大河!「豊臣兄弟」!
テンポのいい明るいシーンでふふっと笑っていたら、
人の死が常に隣にある戦乱の世のおぞましさでその顔面をぶん殴られる、
楽しさと緊張感の闇鍋みたいなドラマで、画面に食いつくように楽しんでいます!
直が祝言から逃げ出して、
「どうしても無理なんじゃ。顔が。あんたと違って顔立ちはいいし、目は切れ長で、鼻筋も通った優男よ。…あんたと違って」の会話かわいすぎた…!
そしてそして
直「せめて今度はもっと頼りになる男にしてほしいわ」
秀長「そんなら一人心当たりがある」
直「誰?」
秀長「わしじゃ。わしと一緒に来てほしい。わしの傍に居てくれ」
直「私、すごいな。小一郎ならきっとそういうと思った」
ふぁー!!!このシーン!もう心の中が!サンバ状態!!!永遠に幸あれーーーー!!!
しかし、ちんぷんかんぷんなシーンがありました!
村人たちが一方的に惨殺され、そして大事にしていた畑に切り捨てられていた友人の遺体を目にする、絶望だけが広がる世界で嘆き悲しむ秀長に、
どうして秀吉は「行こう!わしと一緒に。侍になれ!小一郎!」と言ったのか…
わからぬ…いくら何でも強引すぎる…
秀吉…空気とか読めないタイプなのかな…?
ということで、またまた兄に聞いてみました!困ったときの兄頼み!
“どうしてあの時、秀吉は秀長に「侍になれ!」と言ったのか”
“どうしてあの時、秀吉はあの場にいたのか”の2点について書いていきたいと思います。
どうしてあの時、秀吉は秀長に「侍になれ!」と言ったのか
「兄者など呼んどらんわ! 要らんのじゃ! 役に立たん 役に立たん足軽なんか
信長も信長じゃ 偉そうなことを言うて ちっともわしらのこと守ってはくれんじゃないか
わしらが米作らにゃ生きていけんくせに
だからわしらは必死に 今年こそ豊作にするんじゃて 必死に
信吉もあんなに泥にまみれて…
これじゃあまりにも惨めじゃ! 惨めじゃ!
わしらのことなんじゃと思うとるんじゃ!」
「言いたいことはそれだけか? なら今度はわしの番じゃ! いこう!わしと一緒に!侍になれ 小一郎!」
秀長のこんなに悲痛な叫びを聞いた後、なぜこの期に及んでまだ秀吉はそんなことを言うのか。
それは秀長の村がなぜ襲われたのかについて考える必要があります。
最初に村にやってきた野盗たちは、祝言のお祝いで集まるお宝を狙ってきた本当の野良の盗賊たちだったのでしょう。
秀長のアイデアがあれば、農具だけで追い払うことができたこと、
鍛えているとはいえ、一農民の秀長が野盗のお頭っぽい人と少しの間応戦したことを考えると、あまり強くないと思われます。
しかし、次に現れた野盗たちは違いました。
鉄砲を使い、女子供や逃げていく人たちも容赦なく殺し、先ほど村を襲っていた強者であったはずの野盗たちさえもあっけなく殺せてしまうほどの圧倒的な武力と殺意がありました。
この者たちはおそらく、お市様が話していた「今川の息がかかった野武士の一党」なのではないでしょうか。
「我が領内にまで足を踏み入れ、狼藉を繰り返している」そう信長に進言していました。
つまり最初の野盗と違い、宝ではなく、信長の領地を脅かすことが主目的なのです。
村人たちを惨めに殺すためにやってきました。
そうこれは、信長が岩倉城の城下に行ったことと同じです。
信長は岩倉城を攻め落とすため、城下町に攻撃し、全てを焼き払うよう命じました。
それを行わなければ、今度は今川や他の大名が力をつけ、尾張の城下町を壊していくのです。
領地を増やし、また敵を完膚なきまでに倒すことが領民のため、
そしてそれは国家安寧の道につながっていると信じて、信長は突き進んでいくことしかできません。
しかしそんなことは、岩倉城の町民たちは知ったことではありません。
岩倉城の町民たちも秀長の村の人たちと同じように、ただ懸命に日々を生きていただけです。
街を焼かれ、親を殺され、死んでいく子供を抱きかかえているとき、
「これじゃああまりにも惨めじゃ わしらのことをなんじゃと思っとるんじゃ」
とこの世を恨みながら泣き叫んでいたことでしょう。
そうつまり、いいことをしている悪いことをしているそんな次元の世界ではない。
やらねばやられる世界になってしまっているのです。
第一話の「秀吉が横川甚内を切り殺すシーン」でもそれがうかがえます。
横川甚内は明らかに、秀吉と秀長を口封じのため、殺そうとしていました。
「今まで親切にしてくれていたし…」「話し合いでなんとか…」となる次元ではもうないのです。
一瞬でも躊躇したら確実に殺される。
やるかやられるか、奪うか奪われるかの世界。
日々頑張って暮らしている、善行を行っている、悪いことなど、ましてやこんなむごい殺され方をされなければいけないようなことはしていない…
それはそうなのかもしれない
だからなんなのだ
もうその段階ではない
嘆き悲しんだところでどう変わるわけでもない
そういう世界なのだから、だからどうするかを考えるしかない
秀吉は秀長より先にそのことに気づいた。
だから覚悟を決めて、侍を目指し、鍛錬を積み、戦に出て、秀長を守るためならば恩人に刀を振れる人間になった。
「これがこの世じゃ!」
「行こう!わしと一緒に 侍になれ!小一郎」という言葉は、弟より先に絶望し、弟より先に覚悟を決めた、一生懸命自分の身と家族を守ろうとする、賢く優しい言葉だったのかもしれません。
どうしてあの時、秀吉はあの場にいたのか
荒れ狂う野党共に一掃された村の畑で泣き叫ぶ秀長の前に、いつのまにか立っていた秀吉。
どうしてあのタイミングで都合よく現れることができたのか。
それは、
お市様が気を紛らわせるために秀吉を呼び寄せたときの会話
「退屈というのは嘘じゃ。本当は苦しいのじゃ。
兄弟とは不思議なものよのう
お互いのことを分かりたくなくても分かってしまうことがある。
なぜそうなるのか不思議じゃが
私が今苦しいのは、多分兄上が苦しいからじゃ」
につながっているのではないでしょうか。
頭がよく、ずっと共に過ごしていたから、
お市様には信長がなぜその行動をとるのか、どういう行動をとるのか分かります。
しかし、それ以上に「兄弟だから」今の信長の気持ちが、流れてくる。
理屈じゃなく、ただわかる。
その「双子のテレパシー」のようなものが、秀吉と秀長の間にも起こっているのではないかと思います。
「双子のテレパシーとは、双子(特に一卵性双生児)は、たとえ離れた場所にいても、五感を使うことなく、お互いの感情や思考や身体感覚を感じ取れるというものだ。」
<https://www.nikkei.com/article/DGXZQOSG127JD0S5A910C2000000/>日本経済新聞:ナショナルジオグラフィック「双子のテレパシー」はあるのかないのか、今わかっていること
直の婚約を知ってから、ずっと秀長は苦しく、ここから逃げ出したいような気持ちになっていたに違いありません。
信長の「じっとしていては欲しい者は手に入らぬ。自分の進む道は自分で切り開くのじゃ」や、
秀吉の「信長様はそういう身分だの家柄だのにとらわれず、真に力のあるものをお認めくださるお方だ」という言葉を回想し、
自分も信長様の下で働けば、兄の力となれば、こんな現状になっていないのかもしれない。
変えられるのかもしれない。と考えていたでしょう。
その胸のざわつきが秀吉に流れ込んでいた。
「なんでかわからないけど」秀長の傍に居てやらなきゃと思った。
秀吉があの時地元に身一つで戻った理由は、本当にただ、それだけの理由だったのではないでしょうか。
そんなあいまいな理由だけで、弟の側に行く男なんですよ!秀吉は!きっと!
x(旧Twitter)で
「何であんな都合よく秀吉が現れたんだ。秀長を引き入れるために、秀吉がこの殺戮を手引きしていたんじゃないかと怖くなる…」といったニュアンスのポストを見ましたが、あまりにそれでは秀吉に血と涙が通ってなさすぎる…
秀吉のことまだ人間だと思いたい…
「わしにもわからん。気づいたら来ておった。おみゃあに呼ばれた気がしてのう」と語った彼の言葉を信じたい…
頼むよ!!!!!秀吉!!!!!
まとめ
本当に秀長が秀吉の意図をくみ取れる人間でよかった!
私が秀長だったら「人の心無いんか!!!!」って怒り狂い、秀吉ぼっこぼこでした!危ないところだった…
え…?これも兄弟だから、皆まで言わなくてもわかるってこと…?
次から視聴者の私にもわかるように説得してほしい!!!
ここまで読んでいただいてありがとうございました!これからも豊臣兄弟楽しみだー!
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